年金の受け取り方の選択肢 ~自分らしく生きるために、正しく理解する公的年金保険 第3回~

本シリーズの第3回は、LIFULL人生設計の読者の皆さまが一番関心を持っていると思われる老後の生活設計に関連して「年金の受け取り方の選択肢」というテーマでお話ししたいと思います。

公的年金受け取りの大原則

公的年金は保険であるということを最初の記事でお話ししましたが、それならば、保険金を受け取るのはどのような時でしょう。遺族年金、障害年金については、次のように言えます。

遺族年金
一家の稼ぎ手が亡くなった時
障害年金
病気やケガで障害状態になった時

保険金を受け取るのは、何か困ったこと、すなわち「保険事故」が起きたときですね。それでは、老齢年金の場合はどのような状況でしょう。老齢年金の保険としての役割は、以下のとおりでした。

  • 年老いて働けなくなり、収入が減ってしまうことに対する所得保障
  • 保障が一生続くことによる、長生きに対する備え

つまり、老齢年金の保険事故は、「年老いて働けなくなり、収入が減ってしまうこと」になり、これが年金の受給を開始するタイミングになります。

一般的に、保険給付というのは、それを受け取る状況にならない方が幸せであるはずですから、年金に関しても「できるだけ長く働いて、年金の受け取りを遅らせる」というのが大原則ではないでしょうか。

このようにお話しすると、「国は年金の財政が苦しいから、死ぬまで働かせようとしている」と言う声が聞こえてきそうです。しかし、高齢になっても何らかの形で社会参加することが心身の健康を維持するためにもいいという話もあります。

若いころと同じように働く必要はないので、生きがいを感じながら自分のペースで働ける方法を考えてみてはいかがでしょうか。

例えば、社会保障の手厚いスウェーデンでも、年金財政の報告書「オレンジレポート」では、「平均寿命の延びのおおむね3分の2は、就労に充てる必要がある」と指摘されています。

「65歳が原則」は忘れよう

年金の受け取り方についての大原則が分かったら、次は具体的な話に入っていきましょう。

老齢年金(以下、年金)の場合は、60歳から75歳の間で受給開始時期を選ぶことができ、75歳で受給開始した場合の年金額は、60歳のそれの約2.4倍になります。画像1のグラフがこれを表しています。

一方、65歳を基準にして「繰り上げ」、「繰り下げ」という形で受給開始時期を表しているのが画像2のグラフです。

上下の図は同じことを表していますが、画像2のような説明が一般的ではないでしょうか。しかし、これだと「65歳受給開始が原則」という既成概念にとらわれてしまい、本当に自分にとって必要な受給開始時期の判断を誤ってしまうのではないかと思います。

これからは、「繰り上げ」、「繰り下げ」そして「65歳が原則」という言葉を使わずに、下の『画像1』を見ながら、受給開始時期を検討するのがよいのではないでしょうか。

【受給開始時期 参考図】受給開始年齢毎の年金額の割合 画像1

65歳を起点とした年金額の増減割合 画像2

また、受給開始時期の上限が70歳から75歳に引き上げられる改正が、2022年4月より施行されました。このことを取り上げて、「上限の引き上げは、国の年金財政が苦しく、年金の支給を先延ばしにしたいからだ」という解説を目にすることがありますが、これは全くの間違いです。

受給開始時期の選択は、年金財政にとって中立であるので、国は私たち国民が早く受給開始しようが、遅くしようが、構わないのです。

こうした間違った情報に惑わされて、受給開始時期の判断を誤ることのないようにしたいものです。

※ 繰り上げによる減額率が0.4%となるのは昭和37年4月2日生まれ以降の人。また、75歳までの繰り下げが可能なのは昭和27年4月2日生まれ以降の人となっている。

人は何歳まで生きるのか

さて、受給開始時期を決める、つまり、保険金(年金)がいくら必要なのかを決めるには、「何歳まで生きるのか」という前提を置く必要があります。

自動車保険だと、補償内容は当たり前のように「対人無制限」を選択しますよね。実際そのような事故が起きる確率は非常に小さいにも関わらず、万一のことに備える必要があるからです。

これを年金に当てはめてみると、どうでしょう。現在、世界の最長寿は福岡県の田中カ子(たなか かね)さんで、118歳です。しかし、これを基準に考えるのはちょっと極端すぎないかと思う方も多いかもしれません。

一般的に、平均寿命(男性81.6年、女性87.7年)や、ちょっと気が利くと、65歳での平均余命(男性20年、女性25年)を参考にしたりしますが、生活設計をする上では、「平均」を超えることも想定する必要があるのではないでしょうか。そこで、紹介したいのが次のデータです。

令和2年版厚生労働白書に掲載された下のデータによると、2019年に65歳である人が90歳に達する割合は、男性で36%、女性で62%とされています。

さらに、女性は16%が100歳に達するのです。これを見ると、男性も女性も90歳を超えて100歳に向かっていくという前提で、高齢期の生活設計をする必要がありそうですね。

65歳を迎えた男性の4割、女性の6割が90歳に達する(令和2年版厚生労働白書より)

年金の損益分岐点?

年金については、生涯の受取総額を気にする方は結構いると思います。例えば、65歳受給開始と70歳受給開始で比較すると、総受取額が逆転するのは82歳とされています。

ただし、70歳受給開始で額面金額が42%増額しても、手取りだと税金や社会保険料が増加するので30%ちょっとの増額となり、総受取額が逆転するのは85 歳~ 86歳になります。

さらに、65歳以上の厚生年金の受給者に年下の配偶者がいる場合には、一定の条件を満たすと配偶者が65歳になるまで、配偶者加給年金という加算がつきますが、65歳から厚生年金の受給開始を遅らせると加給年金が受け取れなくなるので、総受取額が逆転する年齢は、90歳近くになるケースもあります。

総受取額が逆転する時期を、「損益分岐点」と言い表しているのをよく見かけますが、保険について「損益分岐点」という用語は適切ではありません。「総受取額逆転年齢」という方がまだ適切ではないでしょうか。

もちろん、いずれの用語を使うにせよ、年金の受取開始時期を決めるのに、総受取額を第一に考えると判断を間違える可能性があります。

とはいっても、総受取額を気にする人は多いですが、90歳を超えて長生きするという前提であれば、手取りで見ても、配偶者加給年金があっても、受取開始時期を遅らせて増額する方が総受取額は多くなります。

後悔しない受け取り方

皆さんの中には、「せっかく繰り下げたのに、早く死んでしまったら損ではないか」と考えて、繰り下げを躊躇する方も多いのではないかと思います。また、このことを大げさに、「繰り下げは長生きしないと損するからギャンブルのようなもの」という方もいるようです。

でも、そうして受給開始時期をわざわざ早くしたのに、長生きしてしまったらどうでしょうか。「繰り下げて、年金を増やしておけばよかった」と後悔するのではないでしょうか。つまり、繰り下げをしないこともギャンブルなのです。

結局、私たちは何歳まで生きるか分からないので、長生きした時に後悔しないような選択をする方が良いのではないかと思います。

また、もし繰り下げて早く亡くなってしまった場合でも、年金を増やしておくことによって、将来に不安を感じることなく過ごすことができたという、金銭的なことだけではない、精神的な効用が得られていた、ということにも目を向けるべきではないでしょうか。

年金の受取は「二股作戦」で

ここまでは、年金の受け取り開始はできるだけ遅らせる方がよいということを、いくつかの異なる観点から考えてきました。

それでは、年金の受給開始を遅らせる、すなわち繰り下げ受給するには、どうすればよいのでしょう。65歳の時に、何歳まで繰り下げるか決めないといけないのでしょうか.....。

そんなことはありません。

下のイラストに沿って、受給開始時期の具体的な選択方法について説明します。

①65歳時点で、就労や資産の活用によって生活費を賄える場合は、年金の受給を開始しないでとりあえず、待ってみましょう。

②年を経て、そろそろ年金が必要になってきたら、受給開始の手続きをします。そして、この時の選択肢は2つあります。1つは、受給せずに待っていた期間の分を増額して受け取る、いわゆる繰り下げ受給です。65歳から受給開始する時点までの期間について、1か月あたり0.7%が増額されます。

③ もう1つの選択肢は、65歳に遡って受給開始するということです。

イラストのように、受給開始を待っていたけど、68歳で病気をしてしまい、まとまったお金が必要となった場合は、65歳から68歳まで3年分の年金(増額されない年金)をまとめて受給し、68歳から引き続き増額されない年金を受給することができます。

④ 受給開始せずに待っている最中に亡くなってしまった場合は、65歳から亡くなるまでの間の年金を一時金として遺族が受け取ることができます。

▲ 年金の受給開始は「二股作戦」で

このように、65歳からとりあえず、自分の健康状態や家計の状況の様子を見て、待ちながら、受給開始の時期を「繰り下げ」と「65歳遡及」の二股にかけて選択するようにすればよいのではないでしょうか。

また、基礎年金と厚生年金の受給開始時期は別々に決めることができることも頭に入れておくとよいでしょう。

この「二股作戦」は知らない方が多いので、ぜひ多くの方に知っていただき、高齢期の生活設計の役に立てていただければと思います。

繰り下げ受給を躊躇させる誘惑

二股かけながら、本命は「繰り下げ受給」だと言っても、これを躊躇させる誘惑が存在します。

【誘惑その1】配偶者加給年金が惜しい

65歳以上の厚生年金の受給者(20年以上加入)に、年下で生計を維持する配偶者がいる場合、配偶者が65歳になるまで「配偶者加給年金」がつきます。加給年金は年額39万円程ですが、繰り下げている間は受給できません。

配偶者との年の差が5歳以上で、仮に70歳まで繰り下げたら受け取れない加給年金は200万円程になります。しかし、生涯で受け取る年金は数千万円にもおよび、90歳を超えて長生きする前提では、加給年金よりも、繰り下げで増額した方が安心です。

【誘惑その2】元気なうちに年金をもらって使う方がよい

年金は、高齢で働けなくなった時の保険です。元気なうちは、少しでも働いて年金の受け取りを先延ばしにする方がよいでしょう。80歳~90歳になって、介護や医療費が必要になってきたときに、年金が十分にないと不安になってしまうのではないでしょうか。

【誘惑その3】年金収入が増えると、医療費の窓口負担が増える

後期高齢者の窓口負担が、単身世帯だと年収200万円以上の方を対象に2割に引き上げられることになりました。65歳時点の年金収入が180万円の人が5年繰り下げると256万円となり、窓口負担2割の対象になってしまいます。

しかし、高額療養費制度があるので、大きな病気で入院をした時の窓口負担は単純に2倍になるわけではありません。また、これから将来にかけてさらに2割負担の対象者は拡大される可能性があります。そのためにも、年金は繰り下げて、できるだけ増やしておく方が安心ではないでしょうか。

老後の生活設計の基本は WPP

最後に、老後の生活設計の基本となる「WPP」という考え方について触れたいと思います。

「WPP」は、2018年の日本年金学会のシンポジウムで提唱された考え方で、以下のとおり老後の生活設計を、①できるだけ長く働く、②私的年金と資産をつなぎとして活用する、③そして公的年金を繰り下げて受給するという3つのリレーによって行う考え方です。

老後の生活設計の基本は『WPP』
Work Longer………できるだけ長く働く
Private Pensions…私的年金・資産をつなぎとして活用する
Public Pensions…公的年金を繰下げ増額し、終身で受け取る

WPP がどのように機能するのか、下のモデル的な事例を用いて見てみましょう。夫婦共に65歳の世帯で、2000万円の資産を保有するという前提です。

  • ケース1:公的年金を 65 歳から受給開始し、毎月の赤字 5 万円は資産を取り崩して賄う。
  • ケース2:70 歳までは資産の取り崩しのみで支出を賄い、公的年金は 70 歳で繰り下げ受給する。年金収入(月額 24 万円)は手取り額で表しているので、増額率は 42%より低くなる。
  • ケース3:ケース 2 に、就労による毎年 50 万円の収入を 70 歳まで加える。

高齢者夫婦世帯の生活設計の事例

年金収入 支出 資金残高 運用利回り
年金受給開始年齢
ケース1 18万円 23万円 2000万円 2% 65歳
ケース2 24万円 23万円 2000万円 2% 70歳
ケース3 ケース 2 +70 歳まで就労による年間 50 万円の収入を得る場合

それぞれのケースで65歳からの資産残高がどのように推移するか比較したものが、下のグラフです。

  • ケース 1(グラフの青線)は、65 歳時から年金収入で足りない部分を取り崩していくので、資産残高は徐々に減少していきますが、何とか 100 歳まで持ちそうです。しかし、90 歳を超えて資産残高がゼロに近づいていくのは、不安に感じるのではないでしょうか。
  • ケース 2(グラフのグレー線)は、最初の 5 年間は支出のすべてを資産の取り崩しで賄うので、資産残高が急激に減少しますが、70 歳以降は繰り下げによって増額された年金収入と支出がある程度バランスがとれるので、資産残高はほぼ一定で推移します。
  • ケース 3(グラフの赤線)は、70 歳まで就労による収入(年間 50 万円)があるので、ケース2と比べて 70 歳までの資産残高の落ち込みを抑えることができ、70 歳以降の資産残高は 1,000 万円~ 1,200 万円程度で安定的に推移します。

▲就労と年金の受け取り開始時期が資産残高に及ぼす影響

皆さんは、ケース1~3のどれを選びますか?これは、モデル的な事例ですが、実際の生活設計においても、就労と私的年金・資産の活用によって、公的年金をできるだけ繰り下げて受給できるようにすることがポイントになります。

遺族年金の確認も忘れずに

ここで、1つ注意しなければならないのは、この事例は夫婦そろって長生きした場合であるということです。

高齢者夫婦だと、多くは夫が先に亡くなり、妻が自分の老齢年金と遺族年金で生活しなければならない状況が起こり得ますが、遺族年金の額を年金事務所で請求手続きをして初めて知り、それが思っていた額より少なく驚かれるケースが多々あります。

夫が亡くなった場合の遺族年金は、夫の厚生年金(報酬比例部分)の4分の3が基本ですが、仮に夫が繰り下げて増額していても、遺族年金は増額されない年金額を基準に計算されます。また、残された妻が老齢厚生年金を受給している場合は、その分遺族年金が減額される仕組みになっています。

夫婦2人で長生きすることをメインシナリオとして生活設計することはよいのですが、配偶者が亡くなった場合の年金額についても事前に確認しておくことが必要ですね。

まとめ

世の中には、公的年金の受け取り方について、いろんな解説が氾濫していて、一般生活者の皆さんにとっては、結局は分かりづらく、迷ってしまうケースが多いのではないかと感じています。

今回の記事では、シンプルに「受給開始時期はできるだけ遅らせて、増額した年金を終身で受給すること」を基本原則として、高齢期の生活設計をすることが肝要であることをお伝えしました。ぜひ、参考にしていただければと思います。

この記事の制作者

高橋 義憲

著者:高橋 義憲(ファイナンシャルプランナー)

金融機関で25年間、主に内部管理業務に従事した後、ファイナンシャル・プランナー(FP)として独立。現在は、FPとしての活動と併せて、年金事務所での相談業務に従事。

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