公的年金制度の仕組み ~自分らしく生きるために、正しく理解する公的年金保険 第2回~

今回は、公的年金制度の仕組みついて、重要な事柄であるにもかかわらず、あまり知られていない点や誤解されている点について解説したいと思います。

これからの公的年金制度にとって本当に必要な改革が進めば、将来の公的年金の給付水準が改善され、持続可能性を高めることができます。

格差を是正する再分配機能

前回の記事では、公的年金は保険であり、国民が互いに支え合い、生活のリスクに備える仕組みであることを説明しましたが、もう一つ重要な仕組みとして、「所得再分配機能」というものがあります。どのようなものか、事例を用いて見てみましょう。

厚生年金に20歳から40年加入したAさん、Bさん、Cさんの3人がいて、それぞれの40年間の平均月収(賞与含む)が、それぞれ15万円、30万円、60万円だったとします。

この場合、Aさん、Bさん、Cさん、それぞれが受け取る老齢年金は、下の図のように2階建てとなっていて、収入にかかわらず加入期間によって金額が決まる「基礎年金部分」と、加入期間中の平均収入で決まる「報酬比例部分」で構成されています。

▲現役時代の収入と年金の関係

基礎年金は全員同じ6.5(万円)ですが、報酬比例部分は平均収入額に比例して納めた保険料によって年金額が決まるので、年金額の合計では、多い方からCさん(18.8万円)、Bさん(12.7万円)、Aさん(9.6万円)の順になります(棒グラフを参照)。

ところが、年金額の平均月収に対する割合(年金額 ÷ 平均月収)で見ると、大きい方からAさん(64%)、Bさん(42%)、Cさん(31%)の順番になり、平均月収が低いほど、割合は高くなっています(線グラフを参照)。

このように所得の低い人ほど、収入に対する年金額の割合が高くなるのは、現役時代の収入、すなわち納めた保険料にかかわらず定額の給付である基礎年金部分があるためです。これを所得の再分配機能といい、世の中の所得格差を是正しています。

一般的に、社会保険には所得の再分配機能があり、「負担は能力に応じて、給付はニーズに応じて」という原則に基づいて制度が作られています。

Output is central(生産物こそが重要)

公的年金制度は、国民が互いに支え合い、格差を是正する再分配機能を有する、すばらしい制度です。しかし、現役世代の保険料を年金受給者に仕送りする形の「賦課方式」という仕組みのために、少子高齢化が進む中、制度が維持できるのか不安に感じている方も多いのではないでしょうか。

したがって、現役世代が納めた保険料を運用して自らの給付に充てる「積立方式」の方が、少子高齢化に対して適しているのではないか、と考える人も少なくないと思います。そこで、賦課方式と積立方式について考えてみましょう。

この問題を考えるときに重要なこととして、「Output is central」という言葉があります。日本語に直訳すると「生産物が中心」、少し分かりやすく意訳すると、「生産物こそが重要」という意味になります。

これは、社会保障研究の第一人者であるニコラス・バー教授(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)による次の文章で使われたものです。

生産物こそが重要(Output is central)であり、年金受給者は金銭に関心があるのではなく、食料、衣類、医療サービスなどの消費に関心がある。鍵となる変数は将来の生産物である。

—2016年12月23日、日本経済新聞 やさしい経済学「公的年金保険の誤解を解く(2)」慶応義塾大学教授 権丈善一

「年金受給者は金銭に関心があるのではなく、消費に関心がある」というところは、なるほど、と思いませんか。

私たちの老後の生活に必要なモノやサービスのほとんどは、若い頃から蓄えておくことができません。したがって、その時の現役世代が生産するモノやサービスを分けてもらう必要があります。

賦課方式と積立方式

下の図のように、遠い将来のモノやサービスの価格を正確に予測するのは不可能ですから、それを購入するための年金の原資を、現役世代の賃金の一部を保険料として出してもらう賦課方式は、将来の物価上昇に対応する方法として適していると言われています。

▲(価値データ元:小売物価統計調査)

一方、少子高齢化によって現役世代の人口が減少すると、賦課方式では年金給付を維持することが難しくなります。そこで、少子高齢化に対しては積立方式の方が適しているのではないかということになります。

しかし、本当にそうでしょうか。ニコラス・バー教授は、上の文章に続いて、次のように言っています。

賦課方式と積立方式は、将来の生産物に対する請求権を設定するための財政上の仕組みが異なるにすぎず、2つのアプローチの違いを誇張すべきではない。

—2016年12月23日、日本経済新聞 やさしい経済学「公的年金保険の誤解を解く(2)」慶応義塾大学教授 権丈善一

年金受給者は、現役世代が生産するモノやサービスを分けてもらうのですから、現役世代の人口減少によって生産物のパイが小さくなれば、積立方式によっていくらお金を蓄えておいても、年金受給者が消費できる生産物は限られてしまうことになります。

限られた生産物に対して、年金受給者による超過需要が生じればインフレとなり、積立方式によって蓄えたお金の実質的な価値は低下してしまうでしょう。

このように、賦課方式であっても、積立方式であっても、少子高齢化の影響を受けてしまうことになります。したがって、予測不能な将来の経済状況に対して、できるだけ安定した年金制度を構築するためには、やはり、賦課方式の方が適しているといえるのではないでしょうか。

ちなみに、賦課方式である公的年金制度ですが、その積立金の運用の事が、たびたびマスコミを賑わせます。しかし、この積立金は、過去に給付に回らなかった保険料を蓄えたものであり、積立方式とは異なるものです。

これからの少子高齢化による財政難に対して、積立金の運用益や取り崩しによって、年金給付の財源の一部を賄う計画となっていますが、長期的にならすと、積立金の財源全体に対する割合は1割程度です。

積立金の運用については、長期的な視点で見るほうが望ましく、四半期ごとの運用成績に一喜一憂しないことが大事でしょう。

「年金が2~3割減る」ことの意味

公的年金に関する記事で、「将来、年金は2~3割減少する見通しである」という解説をよく目にすることがあると思いますが、すると、こんな風に思う方が多いのではないでしょうか。

「いまの年金生活者世帯の年金額が月額20万円程だから、これが2~3割減ると、14万円~16万円か.....これじゃあ、生活できないよ」

しかし、これは誤解です。公的年金の将来の見通しは、5年毎に実施される「財政検証」によって示されていますが、直近の2019年の財政検証の結果を見てみましょう。下の図は、財政検証のデータを基に、2019年から30年後の2049年の見通しを示したものです。

公的年金の将来見通しは、社会経済情勢に依存しているので、6つの経済前提(ケース Ⅰ ~ Ⅵ)に基づいて行われていますが、その中から経済前提ケース Ⅲ(※1)(6つのうち3番目)の結果を取り上げています。

▲30年後の年金額と所得代替率(経済前提ケースⅢ)

公的年金の見通しは、「所得代替率」という尺度で見ることが一般的です。所得代替率とは、年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役男子の平均賃金と比較してどのくらいの割合か、を示すものです。

また、所得代替率は、厚生年金に平均賃金で40年加入した夫と、40年間専業主婦で第3号被保険者である妻の夫婦世帯(いわゆるモデル世帯)について計算されています。

所得代替率は、2019年に61.7%(=22.0÷35.7)であるものが、2049年には50.8%(=24.5÷48.2)となる見通しで、2割弱低下しています。一方、年金額(2019年時点の物価に引き直した額)は、22.0万円から24.5万円に増えています。

そう、2~3割低下するのは、所得代替率であって、物価調整後の実質的な年金額はそれほど減るわけではない、というか一定の経済成長を前提とすれば増加するものです。

一方、所得代替率が低下するということは、年金が現役世代の賃金の上昇に追いつかないということなので、現役世代が豊かになる部分を年金受給者は同じようには享受できないことになるので、問題がないわけではありません。

しかし、「いまの年金額の7~8割で老後の生活をしなければいけない」というイメージは誤解で、このような不安を煽るセールストークで金融商品や保険を勧められる場合は、注意が必要です。

マクロ経済スライドは「現在の高齢者から将来の高齢者への仕送り」

それでは、所得代替率が低下する仕組みについて見てみましょう。

下の図は、公的年金制度の財政の枠組みを表したものです。左側が財源、右側が年金給付で、それぞれを構成するパーツは以下の通り機能しています。

1.保険料収入:2017 年まで段階的に引上げ、現在は固定
2.積立金  :運用利回りの目標は、賃金上昇率+ 1.7%
3.国庫負担 :基礎年金給付の 2 分の1に対して税金を投入
4.年金給付 :マクロ経済スライドによって、財源とのバランスが取れる水準まで調整

人口動態の変化がなければ、財源と給付は概ね賃金変動率に連動し、バランスがとれるようになっていますが、少子高齢化のために給付を調整する必要があります。

▲公的年金制度の財政の枠組み

この給付を調整する仕組みが、「マクロ経済スライド」です。下の図の通り、年金額は賃金・物価に連動して毎年改定されますが、マクロ経済スライドは、年金額の伸びを賃金・物価の伸びよりもすこし抑えることによって、給付水準を調整していきます。

通常の経済状態では、賃金上昇率は物価上昇率を上回るので、年金は、賃金ほど増えないけど、物価上昇率は上回るように改定されるので、先に示した通り、所得代替率が低下しても、物価調整後の実質年金額は増え、購買力は維持されることになります。

▲マクロ経済スライドによる調整の仕組み

マクロ経済スライドを「年金カット」と呼び、批判する政治家がいますが、これは的外れな批判です。

マクロ経済スライドは、年金給付の財源が限られている中、現受給者の給付水準を下げることによって、将来の受給者の給付水準の維持を図るもので、「現在の高齢者から将来の高齢者への仕送り」(※2)と呼ばれるものです。

現在は、現受給者に配慮して、デフレ下においては、マクロ経済スライドが発動しないルールとなっています。しかし、現受給者の理解を得て、マクロ経済スライドが毎年発動できるよう改正が必要です。

マクロ経済スライドによる調整は、将来にわたってずっと行われるものではありません。財源と給付のバランスが取れる水準まで給付が調整されたら、終了されます。

また、給付水準を抑制する仕組みとして、支給開始年齢の引上げがありますが、これは現受給者には影響を及ぼさないので、将来の受給者から現在の受給者へと逆の仕送りとなってしまいます。

「年金の世代間格差が問題だ」と言いつつ、「将来世代のために支給開始年齢の引上げが必要」という論説を目にすることがありますが、これは矛盾していることが、お分かりになるでしょうか。

給付水準の調整は、マクロ経済スライドの徹底しかないのです

将来の給付水準は引き上げることができる

財政検証では、先に説明した通り、所得代替率が 2 ~ 3 割低下することが示されていますが、これは現行制度のままでいた場合の試算です。財政検証では、制度改革を実施した場合に所得代替率がどの程度改善するのかという試算をオプション試算として示していて、こちらの方がより重要だといわれています。

ここでは、オプション試算の中で最も重要だといわれている、「被用者保険の更なる適用拡大」について紹介したいと思います。

被用者保険の更なる適用拡大とは、現在厚生年金の加入対象から外れている短時間労働者について、労働時間や賃金等の要件を緩和して、できるだけ多くの労働者が厚生年金に加入して、より手厚い保障を受けられるようにすることが目的です。従業員数が 501 人以上の大企業については、2016 年 10 月から適用拡大が実施され、これによって 50 万人程の短時間労働者が厚生年金に加入しました。

財政検証のオプション試算では、適用拡大の対象者をさらに拡大し、1,050 万人を厚生年金の加入対象とした場合の試算がされていて、以下の通りとなっています。経済前提は、先程と同じケース Ⅲ です。

▲2019年財政検証オプション試算

現行制度のままだと、先程示した通り、所得代替率は現在(2019年)の61.7%から、50.8%に低下してしまいます。また、ここでさらに問題となるのは、年金の1階部分である基礎年金部分が10.2ポイント(36.4%→26.2%)と大きく低下しているところです。

基礎年金部分は、公的年金の再分配機能を有するところなので、これが大きく低下してしまうことは、再分配機能の低下、すなわち格差の拡大となります。

一方、オプション試算で示されているように適用拡大を1050万人ベースで実施すると、所得代替率は、55.7%と4.9ポイント改善し、特に再分配機能を有する基礎部分が5.7ポイント(26.2%→31.9%)改善します。

適用拡大のメリットをまとめてみると、以下のようになります。

  • 厚生年金に加入できない短時間労働者の保障が充実する。適用拡大の対象となっている短時間労働者の 4 割程が、現在は国民年金の第 1 号被保険者である。
  • 所得代替率が改善するメリットは、受給者全体が享受することができる。
  • 特に基礎年金部分の所得代替率が改善するので、低所得者にとってよりメリットが大きい。
  • 従業員を社会保険に入れることができない生産性の低い企業が淘汰され、国全体としての経済成長につながる。

適用拡大というと、「第3号被保険者である専業主婦のパートの手取りが減る」とか、「中小企業の負担が増える」という話が強調されがちですが、上に示したメリットと比べれば、適用拡大を進めることの重要性がお分かりいただけると思います。

まとめ

今回は、公的年金制度について知られていない仕組みであるとか、誤解されていることについて解説をしました。ポイントをまとめると以下の通りです。

  • 公的年金には、格差を是正する「所得再分配機能」がある。
  • 年金制度を考えるときの基本は「Output is central(生産物こそ重要)」である。
  • 積み立て方式も、少子高齢化の影響を受ける。
  • 将来 2 ~ 3 割減るのは所得代替率で、物価調整後の年金の実質額は一定の経済成長があれば増える。
  • マクロ経済スライドは、年金カットではなく、現受給者から孫・ひ孫への仕送りである。
  • 年金の給付水準は、これから年金改革を進めることによって、改善するものである。そして、年金改革の柱は、適用拡大である。

次回は、「年金の受け取り方の選択肢」というテーマでお話ししますので、どうぞお楽しみに!

【出典】

※1:2019(平成31)年3月13日 年金財政における経済前提について

※2:「ちょっと気になる社会保障 V3(権丈善一著、勁草書房)」246 ページ

この記事の制作者

高橋 義憲

著者:高橋 義憲(ファイナンシャルプランナー)

金融機関で25年間、主に内部管理業務に従事した後、ファイナンシャル・プランナー(FP)として独立。現在は、FPとしての活動と併せて、年金事務所での相談業務に従事。

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